その意味は…「欲望はきりが無いから、満足するということを知るべし」とのこと…老子の言葉だが、妥協を勧めるようで、編集長はこの言葉がしっくり来なかった。
そもそも、まだ足りぬとばかりに求めるからこそ、人生に張り合いが出るのではないか?
野球のノックにしても、もうダメからの1本。
ベンチプレスにしても、もうダメからの1回が能力を高めてくれる。
ギラギラしなくなったらオシマイだ!
ということで、「足るを知る」など、金の余った年寄りの発言だと思っていた。
…だが、改めてこの言葉を調べてみると、微妙にニュアンスが異なる。
「足ることを知る者は富めり。強(つと)めて行う者は志有り」
色んな解釈があるが、編集長なりに解釈するとこうだ。
いま一度、自分の人生を見直してみなよ!
本当は素敵な人生じゃない?
もし、ハッピーじゃないなら、何かに打ち込んでみたら?
素敵な人生が待ってるぜ!
素敵な人生が待ってるぜ!
つまり、老子は「ある程度で妥協せよ」なんてことは言ってない。
第1ステップで、人生を振り返りを勧め、その上で第2ステップ、更なる努力を促している。この言葉の真意は、目標を持ち生きることにより、人生を充実させる、心を安定させる大切さを訴えているのではないだろうか。
読む人によって、読む人の心の持ちようによって解釈は様々だろうが、編集長の解釈ではそんな感じ。
ボーナスも下がるし、凶悪な事件は多いし、小林真央は浮かれてるし、とかく生き難い時代だが、心は努めて冷静に、平安を保ち、幸せを求めたい。梵天丸もかくありたい(古っ!)
By the way、話題は変わるが、インドは朝ごはんからカレー…さすがに朝からカレーは無理だろう。編集長はフルーツ、パン、シリアルをコーヒーで流し込む。たまにゆで卵があると助かる。ちなみにインド人はシリアルは必ず暖かい牛乳を掛ける。これが…全然、美味しくない。
